阿佐ヶ谷芸術高校映像科へようこそ 原作:マツキタツヤ 漫画:宇佐崎しろ ☆1人の部屋、画面に映るは―― 「お母さん!! おかえ…」 「やだ 雪 起きてたの?」 「え 子供いたの!?」 「ま 前の旦那との子よ… 気にしないで」 「映画借りてきたから 朝まで部屋にいてね」 子供のころから 映画ばかり観てきた 「あ これ」 「前観たやつだ」 私には 映画しかなかった 十年後 「映画」 「わずか百余年の歴史のそれは 総合芸術と呼ばれ」 「時に人を 歴史を 世界を変えてきました」 「我が校は“未来の映像作家”を育てる 映像専門の高校です」 「我々は あなた方を歓迎します」 (“未来の映像作家” …私が?) 「入学おめでとう」 「と 校長のバカは言ってたが」 「オレはお前らを歓迎なんかしねえ!!」 「なぜなら映画はコレ一つで 誰でも撮ることが出来るからだ!!」 「中坊の撮った自主制作映画が劇場公開され スマホで撮った映画が賞を取り」 「ユーチューバーを名乗るガキがオモチャみたいなデジカメで オレの100倍稼いでいる!!」 「インターネットとビデオカメラの流通は」 (なんなのこの人 教師のクセに学校全否定!?) 「万人をクリエーターにさせちまった!!」 「スピルバーグ タランティーノ キャメロン 岩井俊二 北野武!!」 「皆学校で映画なんか学んでねぇぞ!!」 「世は正に“大映像作家時代”だ お前らこんな時代にこんな学校に何しに来た!?」 映画監督 黒山墨字(30) 「ま お前らの学費には」 「感謝してます! ごちそうさん 入学おめでとう」 新入生 柊雪(15) (本当に教師!?) 阿佐ヶ谷芸術高校 映像作家を始めとした多くのクリエーターを輩出してきた高校だ 本当に映画を撮りたいのか それすらもわからないまま入学した私と この男の相性は 「あー」 最悪と言えた 「おい お前」 「あっ はい」 「お前なんでここに来た?」 「も もちろん 映画監督になりたくて」 「へえええ!! 学校入ったら監督なれるんだ? 便利になったもんだ」 「えっあっ いや」 「で どんな映画を撮りたいの?」 「はい!! スターウォーズみたいな」 「なんで撮りたい映画きいて既存のタイトルが出てくんだよ!!」 「はい」 「それもうルーカスが撮ってるし!! お前が取る意味ねぇし!!」 (本当にいるんだ こんな先生…) 「おい」 「お前は何しに この学校に来た?」 「……… えっと」 「昔から映画が好きで」 「あー はいはい 観るのと撮るの違うから」 「そしたら いつのまにか」 「世界って何だろう 自分って何だろう そんなことばかり気になっちゃって」 「それで映画を…撮ってみたいな… と 少し思って」 (…は? 世界?) 「………」 (意味分かんね 映画関係ねーし) 「変ですよね すみません」 「手前の価値観を」 「他人の物差しで測って謝るな」 「殺すぞ」 理由は 分からない 私はただ 彼のその 「…たく」 理不尽な言葉が (今殺すって言ったぜ) 嬉しくて (怒り方 意味分からんわ) 気付いたら 「先生」 「いえ 監督!!」 「私を 弟子にして下さい!!」 とか言ってた 「あははは」 「いきなり弟子にして下さいってマジギャグ」 「さすが芸術高 変なやつがいっぱいいるね」 「私 市子 よろしくね 柊さん」 「うん」 「そんなに落ち込むことないよ柊さん」 「あんな無名監督にフラれたところで」 「………」 『お前オレの映画みたことあるのか?』 『あ… ありません でも…!!』 『バカにしてんのか 殺すぞ』 「ありがとう スターウォーズ君…」 「山田!! 全方位に喧嘩売るのか君は!!」 「あはは」 「私には分かるよ 一目惚れってやつでしょ」 「そんなんじゃ… あれ」 「あなた 去年朝ドラで見た… 朝野いちご」 「!?」 「わっ 気づかれた 嬉しい! 「撮られてると 撮る側にも興味出てさ 多いよ そういう俳優」 「最近だと 池松壮亮とか 染谷将太とか」 「プロの現場には詳しいから 何でも聞いて」 「ぼ ぼくだって 中学から放送部なんだ!!」 「ファイナルカットやアドビの編集ソフトは使いこなせる!!」 「世のSF映画はほぼ全部観てるよ!!」 「そ そう」 「すごい すごい」 「つまり君達は ぼくと同じ班で幸運だってことさ」 「班?」 「本当にフラれたショックで何も聞いてなかったの?」 『テキトーに班を決めておいた 各々明日までにシナリオ書いてこい!!』 『さっそく映画を撮って貰う』 『そんなもん 勝手に撮れって話だが カリキュラムだからな』 「映画!? シナリオ!?」 「……」 「私たち同じ班 よろしく」 書き方とかなんか色々 まず教えてくれるんじゃないの!? 明日までに書いてこいって!? 一体何を書けば!? 「小学校の頃から温めてたストーリーがあるんだ!!」 「あの無名監督 ぼくの才能にビビるぜ」 「自分主演で映画を撮りたいの!!」 「だって私を表現できるのは 私だけでしょ!?」 (皆 撮りたいものがあるんだ) (そりゃそうか 映像科だもん) (私が撮りたいもの… 私だけのストーリー 私が描きたい世界…) ああそうか 私には 何もないんだ… 『昔から映画が好きで』 『観るのと撮るの違うから』 (違う そもそも映画が好きだった訳じゃない 映画しかなかっただけ) (あの学校に行けば 空っぽな自分が変わるかもって………) (浅はかだった) 最初から“自分を持っている” そういう人達が集まる場所なんだ (転校の仕方ググんないと) 「わっ」 「ごっ ごめんなさ――」 「出たあああ!!」 「ねぇ最近の女子高生って皆そうなの? 自分からぶつかっておいて「出たー」なの?」 「黒山先生!!」 「あの私… さっきはゴメンナサイ」 「今を謝れ」 「…まぁいいさ ってのも」 「反省したからオレの映画観に来たんだろ」 「えっ」 (こんな所にこんな小さな映画館が!?) (この人本当に映画監督だったんだ!!) 「何 観に来たんじゃねーの」 「観に来ました!!」 「ま 弟子はお断りだがな」 「いやあれは 私もどうかしてて…」 (小さな劇場… お客は意外に多いけど) (作った本人の隣でその映画を見る… なんか変な感じ…) 「!」 (始まる) (暗闇の中で観客皆がスクリーンを見上げ) (これから始まる物語への期待で しんとなる) (この瞬間がたまらなく好き… 私は一人じゃない そう思えて) その映画は 一人の女性の日常をその恋人の視点から描いた―― 盛り上がりも何もない 静かな話だった ただその女性は 確かにスクリーンの中で生きていて 私の観てきたどの映画より“本物”な気がした 恋人なんていたことないし こんなキレイじゃないし 白いワンピースなんて着たこともないけど 「これは私の物語だ」そう思った エンドロールが流れるのが 悲しくてたまらなかった 「黒山墨字監督です」 「どうも」 「今作は海外の映画祭で多くの受賞を果たしたわけですが」 「日本じゃ全く相手にされませんでしたがね」 (本当に先生が撮ったんだ) 「それでは 監督に何かご質問がある方」 「はい そちらの」 「あなたの名前はよく耳にするので 期待してましたが…正直」 「意味不明でした」 「なっ」 「テーマどころかストーリーすら見えてこない」 「海外で認められたのが不思議です」 (何それ質問…!?) (先生!! キレちゃダメ!! 落ち着いて!!) 「あー 私に何を聞きたいのか よく分かりませんが」 「元より人は一人じゃない だから 誰かに媚びる必要もない」 「共感はさせるものではなく “すでにある”ものです」 「そのような傲慢な考えが あなたを無名のままにさせているのでは」 「映画とはもっと万人に向けた」 「知りません」 「どうせ私と似た感性の者には必ず届く」 「理解されたい 共感されたい その想いで自分を誤魔化し始めたら」 「人生に意味はなくなります」 そうか この人は誰の言葉にも囚われない “自由”を知ってるんだ だから 映画監督なんだ 私とは違う (先生おそいな 待ってたら迷惑かな) 「あ 先生 私…」 「飲み行くぞ」 「え」 「飲み行くぞ」 「ええ!!」 「何が万人に向けろだ 何が無名だ」 「じゃ何か!? コミック原作の映画撮ってるやつが偉いのか!?」 (全然誰かの言葉に囚われてる…) 「ムカつくジジイだ 死ね!!」 「お前もなんだ オレンジジュースって 子供か!!」 「子供ですよ!!」 「でも少し 安心しました」 「あんなすごい映画撮る人も 私と同じ人間なんですね」 「………」 「お前と一緒にすんな 殺すぞ」 「えええ ゴメンナサイ!!」 「謝んな 殺すぞ」 「オレの酒が飲めないのか」 「ぐええ」 「ちょっと何してんの」 「女子高生相手に居酒屋で… 捕まるわよ」 「この人… 先生の映画のヒロイン」 「元カノだ」 「ええ!!」 「近所だから呼んどいたんだよ お前酒飲めないし」 「近いんだから観に来いよ」 「いやよ 自分の出演作品なんか」 「てかアンタ 本当に教師になったの? 高校生連れて」 「非常勤だ 金が良いんだ」 「映画監督って 本当に女優さんと付き合えるんだ」 「アハハ 私は女優じゃないよ ただの看護師」 「え!!」 「映画にルールはない その時撮りたいもん 撮るだけだ」 「……… ノロケ?」 「違ぇよ!! 何聞いてんだお前!!」 「お金なくて役者雇えなかっただけ」 「違ぇよ!! 金はないけど」 「よく聞け クソガキ」 「世界とは何か 自分とは何か」 「オレ達は皆それを探し求めている」 「お前だけじゃねぇのさ」 「探すってどうやって」 「知るか」 「だがその一瞬を見つけた時 オレ達はコレを 誰かに伝えたいと思うんだ」 「それが映画だ」 「お前の全部をオレに観せろ」 「えっ」 「お前も本当は観て欲しいんだろ?」 「そんな」 「お前はそういうやらしい女だ」 「違っ… 私は」 「恥じるな 毛の一本まで 全部曝け出せ」 「お前の世界を」 「ヒモのくせに酒飲む度にこうなるから別れたのよ」 「ごめんね もうコイツ帰らすから」 「あっ はい」 「………」 (あの二人はどこに帰るんだろ… まさか…) それでも 私は―― 原稿用紙に一文字も 書けないでいた 世界? 自分? 私のすべて? だめだ 何も分からない 私はやっぱり 空っぽなんだ 「雪」 「お母さん」 「今からまたお友達が来るのよ 独身ってことになってるから」 「部屋から出てきちゃダメよ コレ玄関のあなたの靴」 「うん 分かった」 電気を消して 息を潜める だって私は どこにもいないから 「ハリポタの新作?」 「違います SF映画の脚本です」 「三部作レベルじゃねーかよ」 「はい!!」 「はいじゃねぇ 撮り終わらねーだろ」 「ったく」 (読むんだ)(読むんだ)(読むんだ) 「あれ撮ることになったら 同じ班の私達巻き込まれるよね…」 「私の作品撮る時間なくなっちゃうよう…」 (やっぱり皆… 撮りたいものがあるんだ すごいな) 「この宇宙兵器マジリオンってなんだ?」 「核の百億倍すごい兵器です それを悪の惑星ベジリオンが狙ってるのです」 「どうして?」 「世界滅亡のためです」 「どうして」 「悪だからです」 「じゃあ 悪ってなんだ?」 「人を殺したり…」 「親や恋人を守るための殺しは 悪か?」 「え あ 善です」 「その時 殺された者の親や恋人が復讐に走ったら 悪か?」 「えっあ 善 いや」 「それが戦争に発展し大勢死んだら? 誰が悪だ?」 「世の中白黒つけられないことだらけだ」 「その答えをお前はまだ持ってない 持ってないなら結論を描くな」 「あとコレ10ページにしろ やり直し」 (難題だらけ) 「長すぎだ」 「次 柊」 「……はい」 「………」 「ふーん」 「私昨日色々教えて貰ったのに… ごめんなさい」 「悪くない」 「!? はい!?」 「描くべきものが何か分からない」 「ということが分かっている 自分の状態に自覚的だな 悪くない」 「…? ?」 (……!?)(何だそれ)(意味分からん) 「お前日曜 面貸せ」 (待ち合わせ時間から一時間…) (なぜ来ないの 私からかわれた…?) 「わっ 大きな車」 「乗れ!!」 「ぎゃ!? 誘拐される!!」 「ってアレ先生!?」 「寝坊した 飛ばすぞ シートベルトしろ」 「え コレどこ向かってるんですか!? 何なんですか!!」 「なんで黙ってるの!? え ちょっと怖いです!! 誰か―――」 「急げ 今日キャストケツあるぞ」 「スタンドインお願いします」 「カメラそこじゃねーよ」 「映画スタジオ!? なぜ!?」 「なぜって」 「お前オレの弟子なんだろ 師匠の仕事手伝うの常識」 「といっても映画じゃない ウェブCMだ」 「CM… そういう仕事もするんですね」 「映画撮るためには金がいるんだ 資金集めさ」 (映画監督なのに映画撮るために 映画以外の仕事するんだ) 「って顔だな そうだよ」 「原作のないオリジナルの映画に金出すスポンサーは稀だ」 「売れないからな 最後は貯金がものを言う」 そこまでして 伝えたいものがあるんだ やっぱり私とは 別次元の人だな 「おい!! どういうことだ!! 話と違うじゃねぇか!!」 「なんで48人全員にワキ毛が生えてないんだ!!」 「脱毛クリームのCMだろ!?」 「アイドルにそんなことさせられるわけないでしょ!!」 (無茶言ってる) 「オレの絵コンテにはワキ毛あったでしょ!?」 「知るか!! 遅刻しといて何だ君は」 「やってらんね オレは降りる」 「何ぃ そんな勝手な話があるか!!」 (確かに………) 「仕方ないなぁ じゃあ」 「代わりにオレの弟子が演出しますよ」 「はあああ!!」 「ちなみに現役女子高生 コスプレじゃないよ」 「何バカ言ってるんですか!」 「……」 「誰がバカだバーカ!!」 (黒山墨字に師事する女子高生監督か) (どうせ視聴者が観るのは 監督ではなくアイドルだ) 「よし 君に任せた」 「はっ!?」 「監督やって」 「私映像なんて撮ったことないです!! 無理です」 「大丈夫大丈夫 君かわいいから」 「女子高生監督 話題になる」 「監督なんてどうせ 誰やっても同じだから」 「なんなら名前だけ貸してくれても…」 「あーあ」 「…あれ?」 「あーあー あー あーあー」 「気にすんな あのプロデューサーからの仕事が 今後ゼロになるだけだ」 「大問題じゃないですかぁ」 「別にいいよ オレあいつ嫌いだから」 「なっ」 (まさかこうなるように…) 「あいつにとって監督は 誰でもいいんだ」 「じゃあ監督って一体 何なんですか?」 「…… さあ」 「そんなことより 良かったなお前」 「あそこで思わず手が出ちまう」 「それがお前という人間だ」 「自分は何で怒り 悲しみ 笑うのか」 「もっと知れ 追求しろ」 「自分を殺すな」 それが映画だ。 私は何で怒り 悲しみ 笑うのか 『監督なんて誰やっても 同じだから』 あれは私が好きなもの すべてを バカにされた気がして ムカついた 『独身ってことになってるから』 あれは―― 多分 悲しかった なら私は一体 何で笑うの? 最後に心から笑ったのはいつ? 私は私と 私の世界から 逃げてきた 「お母さん」 「雪…いいとこに来た この服どう? 若すぎ?」 「あ そうだ また夜 友達くるから 今日も部屋から出てきちゃ…」 「お母さん お願いがあるの」 「撮らせて」 「ごめんね」 「ごめん雪… お母さんバカだから 雪の気持ち 気づかないで」 「お母さん 高校出てないから」 「少しでもお金持ってる人と一緒になったら」 「あなたを大学まで行かせてあげられるって…」 「ごめんね雪…」 それは 母娘の対話をスマートフォンで撮っただけのもので ドキュメンタリー映画というには 乱暴すぎた 誰にも観せるつもりはなかった でも対話をし終えた頃には私は 「ううん 私こそ」 「ずっと良い子ぶっていて ごめんなさい」 これを誰かに観て欲しくて 仕方なくなっていた 「さて」 「柊の処女作を観終えた訳だが…」 「ドキュメンタリーにしちゃシーンが少なすぎる」 「バックグラウンドがわかりにくい カメラもぶれぶれだ」 「本人なんか自分から観せておいて 赤くなってる始末だ」 「とんだ変態女子高生だな」 「おいっ…」 「柊!」 「!」 「お前の処女作は独りよがりで説明不足 他人様に観せるには傲慢とも言える代物だ」 「またいつもの「ごめんなさい」か?」 「………謝ることは… してないです」 「はっ!!」 「“監督の切実さ”しか伝わってこねぇ」 「それ以外は意味不明 それでも誰かに観て欲しい」 「お前らよく覚えておけ」 「これを映画という」 「そして 自分の映画を誰かに観せた人間が」 「自ら“映画監督を名乗る覚悟”を持ったとき 映画監督は生まれる」 「柊! お前は映画監督か!?」 「……!」 「……… 私は…」 「柊さん」 「私なんでか感動した 柊さんに私の映画 撮って欲しいって思った」 「……… 私は」 「私は 映画監督です!!」 「…よし」 「なら今から商売敵だ ブッ殺す」 「えぇえええ!!」 「なんかいい感じだったのに!?」「誰か止めろ」「抑えろォ」 「ハハハ 勘違いすんなよガキ共 オレはお前らを育てに来たんじゃねぇ」 「オレが 育ちに来たんだ!!」 「たった一晩で超大作を描いてくる そのキモイ妄想力!!」 「キモイ!?」 「自分主演の映画を撮るために映画を学ぶ そのキモイ自己愛!!」 「キモくないし!」 「年不相応な!! その真っ白さ!!」 「全部オレにない才能だ!!」 「オレはこの一年間で お前らの才能をすべて奪う!!」 「悔しかったらお前らも オレから奪ってみせろ!!」 「阿佐ヶ谷芸術高校はそのためにある!!」 「かかって来い!! ガキ共!!」 「はい!!」 「よし!! じゃ 一時間目を始めます!!」 「あ 今から!?」 ☆阿佐ヶ谷芸術高校映像科へようこそ!!